【問題】

アラン・カルデック「霊の書」

ウィリアム・ステイントン・モーゼス「霊訓」

ジョージ・V・オーウェン「ベールの彼方の生活」

モーリス・バーバネル「シルバーバーチの霊訓」

上記はスピリチュアリズムの名著として世界三大霊訓(英国三大霊訓)と呼ばれている。
上記の著書が伝える内容と明らかに合致しないものを次項以降に記す説明文の中からひとつ選び出せ。


地縛霊、それは霊的な意味において地上に近い界層に居る者を指す。

地上生活が利己的すぎたために死後もあい変わらず物質界につながれている地縛霊がいる。

権力欲や強欲は霊を地上へ縛りつける。同じ欲に燃えた地上の人間と感応し合って、その欲望を増幅させる。

地縛霊は、地上時代の肉体的欲望と性向とを多分に残しており欲求が抑えられない。飲んだくれは相変わらず酒と性の味が忘れられず、一段と強く求める。

死後の世界でもずっと低い界層へ行けば、霊性があまりに貧弱で邪悪な世界がある。霊格の高い天使でも邪悪な霊の住む領域に入るとダメージを受ける。

最下層には様々な霊が存在する。無知な霊、向上の観念の乏しい霊、善いこともしなければ悪いこともしない霊、無気力な霊、どっちつかずの生き方をしている霊、邪悪性を好み悪事を喜ぶ霊、軽薄で愚かで気まぐれな霊、敵意はないがイタズラ好きで狡猾な霊、人間に誇大妄想を抱かせて愉快がる霊、取り越し苦労のタネを蒔いて喜ぶ霊、人間を苛立たせる事態を生じさせカッカするのを見て面白がる霊。

地上の人間は、ありとあらゆる霊的影響力にさらされる。心清き人は心清き霊のみを引き寄せるが、邪悪な人間は邪悪な霊を引き寄せる。

人間一人一人には、悪の道へ誘い込もうとして隙を伺っている複数の邪霊が必ずいる。

善霊の仲間に入れない邪霊は、人間が順調に幸せになることに嫉妬心を覚え、それを阻止するために悪の道に誘惑する。

比喩で“悪魔サタン”として描かれているのはその誘惑のことであり、人間に自制心がついて完全に抵抗できるようになり、邪霊があきらめるまで続く。

人間が悪の誘惑を拒絶した場合、邪霊は誘惑をあきらめるが、その後もずっとスキを狙っている。

守護霊は常に賢明な助言の思念を送るが、人間は必ずしも聞き入れない。邪霊はそうした人間の弱点、スキ、慢心を通してつけ入る。

邪霊も善霊と同じくインスピレーションを送る。受信した内容をよく検討する必要がある。善悪を見分けるのは人間自身である。

端的な誘惑の仕方の例として、邪霊は高価な落し物がある場所へ人間を誘導し、それを拾得するように仕向けて我がものとするように吹き込む。

人間が悪の道に入って行くのを守護霊が許す理由は、守護霊が邪霊集団に敵わないからではなく、人間への教育的配慮からである。

大都会には邪霊の大群がうろつきまわり、破滅の道へ引きずり込もうとして虎視眈々とその機を窺っている。

邪霊はギャンブル会場に集結し、物欲を満たそうと集まる人間に取り入る隙を窺っている。邪霊は、興奮のあまり節度と理性を失った精神状態の人間を狙っている。

飲酒して野獣の如く肉欲に燃える者や金銭欲で興奮する者よりも、ギャンブルに負けて絶望の淵に落ちた者が邪霊の誘いに最も乗り易い。

邪霊が人間を悪の道に誘う時、その人間の置かれた境遇につけ入る。邪霊は都合の良い条件が発生すればどんなことでも利用する。人間が良からぬ願望を抱くと、その目的の成就に向けて欲望を煽る。人間はそれに気付かない。

贅沢な環境のもとで周囲の者にへつらわれ、悦に入る生活に自己満足することが、実は邪霊が堕落させようとして企んだ罠である場合がある。

邪霊は、人間を次々と破滅へと追いやっては、彼らと同じ惨めな境遇にまで引きづり下ろすことに快感を味わっている。

邪悪な人生を歩んだ者が霊界に戻った時、同類の邪悪な霊は自分たちと同じく幸福感を奪われた仲間が増えたことを喜ぶ。

低級霊の中には人間を虜にして支配しようとする霊がおり、彼らは自分たちの誘惑に人間が負ける様子を見て愉快がる。

低級霊によって人間の肉体が支配されて操られ、ついには自我意識が麻痺してしまう状態が憑依である。

地上時代の肉体的欲望と性向とを多分に残し、直接感識する器官はすでないにも関わらず、もう一度快楽を求めてうろつきまわる邪霊がいる。

邪霊は、悪の道にはまった人間の更生を困難にする。一度酒色に溺れた者の更生が困難な理由は、地縛霊が酒色に耽る人間に憑依して今一度地上的快楽を味わうという悪徳の悪循環が行われているため。

死刑制度は愚かにして野蛮なる行為である。未熟なる霊を怨念に燃えさせたまま肉体より離れさせ、さらに大きな悪行に駆り立てる結果となっている。

死刑など強引にあの世へ追いやられた霊による憑依現象が多い。地上の波長に近いためすぐに戻って来て誰かに憑依しようとする。

アルコールの過剰摂取、薬物中毒、度を越した虚栄心や利己心は、地上世界の欲望を今一度満たしたがっている邪霊を引き寄せ憑依させる要因になる。

邪霊が付きまとうのはその人間自身の思念や欲望が邪だから。邪霊に憑依される人は、自らそういう条件を内部でこしらえており、あくまでもその人個人の問題である。

邪霊によって完全に憑依された場合、憑依されている本人が意識的に自由を取り戻そうとする意志を見せないかぎり第三者がその呪縛状態を解くことは出来ない。

悪魔払いの儀式は邪霊集団を追い払うのに役立たない。邪霊たちはそれを見て馬鹿にし、憑依状態を続ける。

憑依されている人間が除霊を祈ったとしても効果はなく、そもそも邪霊につけ入られることになった自身の弱点を直す必要がある。

自身の弱点を直すことで、悪の道に誘い込もうとする邪霊の影響を排除することが可能である。

低級霊から高級霊まで、霊界に留まってさすらっている状態が基本であり、地上に人間として再生している状態の方が期間的には少ない。

邪霊は、霊界へ戻ってさすらいの状態にある時、現在の自分の境涯と上級界層の幸せの境涯との間に横たわる罪の障害がありありと分かり苦悶が強まる。

邪霊にも善霊の幸せがどのようなものか分かるため苦悶する。自分の過ちによってその幸せが味わえないという因果関係が分かっている。

邪霊は、己れの魂が浄化しない限り再会を待ち望む顔馴染みの住む世界へは至れず、愛なき暗黒の大陸をとぼとぼと歩まなければならない。

霊は邪悪性を改めない限りは永遠に罰せられ続けるが、霊的本性そのものが進化するように出来ているため、永遠の邪霊は有り得ない。つまり、悪魔は存在しない。

多くの低級霊は、高級霊の教唆によって道義心に目覚め、懺悔のうちに一つ一つ過去の罪を償いつつ、歪んだ心を正し、苦しみの中に一歩一歩向上する。

善良で徳の高い親に歪んだ性格の子供ができる理由は、邪悪な霊が徳の高い親のもとで更生したいという希望が受け入れられて誕生してくることがあるため。

善人は善霊の生まれ変わりで、悪人は悪霊の生まれ変わりである。

親は心掛けと祈願によっても善良な子を授かることはできない。親自身の試練のために霊性の低い子を授かることがある。

邪悪な霊どうしが物質界を舞台として争いをしたいという欲求から双子として生まれてくる場合がある。

全ての霊に何らかの仕事・役割がある。低級霊は低級霊で、未熟霊は未熟霊で、その霊性に似合った仕事がある。

善霊には悪霊の邪悪な性向を正すべく闘い、少しでも霊性を高めるように援助する使命がある。

祈ることによって愛の念を送り、邪念に燃える邪霊に徐々に反省の気持を芽生えさせることができる。

神は全ての霊を無垢と無知の状態で創造した。善性の高い霊として創造された者、邪悪性の強い霊として創造された者がいるわけではない。

邪霊は自らの自由意志で邪悪になった。邪霊は、他の全ての霊と同じく、そうなる前は善でも悪でもなかった。

神は、善霊も邪霊も同じ目で同じ愛で受け入れる。

 

 

 

■その他

霊の中には混乱と破壊だけを楽しみにしている邪霊集団がおり、戦争に加担する。

戦争では未熟で無知で未浄化の霊魂が肉体から引き離されて洪水の如く霊界へと送られてくる。

未熟な霊が次から次へと地上から霊界へと送り込まれてくるが、それは霊界にとって迷惑である。

悪の軍団とはかくの如き未発達、未熟なる霊のこと。未熟なる霊が圧倒的支配を勝ち得た時期があった。ことに大戦のあとにそれがよく見られる。

高級霊は自身の姿を隠した方がいいと思った時は、低級霊には見えないようにすることができる。

善霊あるいは高級霊は悪霊あるいは低級霊へ近づくことができるが、低級霊が高級霊の界層へ近づくことはできない。

悪いことばかり考えている低級霊から最高級の霊の界層までには、霊性と幸せにおいて無数の格差がある。それぞれに、それなりの徳性に応じた楽しみがある。

低級霊の中には地上の音楽を好む者がいる。それ以上の崇高なものが理解できない。

常に悪であり続ける悪霊は存在しないので、そう呼ばずに未熟霊と呼んだほうがよい。悪霊と呼ぶと、いわゆる悪魔が存在するかのように誤解されてしまう恐れがある。

光明と善の勢力の組織がしっかりしていて、邪霊集団は常に見張られている。

自分が死んだことがどうしても信じられない者は、地上と隣接する界層へ連れていき、そこで地縛霊を扱っている霊団にあずけることもある。

贖罪界の低級霊は霊的矯正のために効果のあるものを否応なしに見せられ聞かされる。

霊性の低い霊は高級霊から軽蔑されているというひがみ根性から高級霊に協力しようとしない。

邪悪な人間が邪霊の助けを借りて怨みの相手に危害を加えることは出来ない。邪悪な霊が加担することは有り得る。

程度の低き霊ほど物的なものへの働きかけが強力であるため物理的心霊現象に長け、巧妙であり、時として憎悪に満ちている。

未熟なる霊は死後なるべく休眠を取り、地上生活を送った汚れた場所をうろつかぬことが望ましい。